神戸地方裁判所 昭和32年(行)26号 判決 1960年5月07日
原告 徳沢亀蔵
被告 兵庫県知事
補助参加人 朝田富久子 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、
「被告が補助参加人らに対し、昭和三十二年十一月十四日兵農開第九号を以てした、別紙目録記載の農地に関する朝田種太郎宛買収令書の取消通知を取消す。
被告が原告に対し、昭和三十二年十一月十四日兵農開甲第九号を以てした、別紙目録記載の農地に関する原告宛売渡通知の取消通知を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決を求め、請求原因を次のように述べた。
一、別紙目録記載の農地は、明治初年頃から亡朝田治兵衛と亡徳沢文蔵間の契約に基づいて代々徳沢方が小作人として耕作を続け、昭和二十二年十二月二日右農地が不在地主の小作地として国に買収された当時文蔵の子である原告が小作人として耕作し、右買収に続く売渡処分の結果原告がその売渡を受けた。
二、被告は、昭和三十二年十一月下旬原告に対し、右買収処分についてその所有者を誤つて買収令書を交付したから、請求趣旨記載のようにその買収令書を取消し、かつ、原告に対する売渡通知も取消す旨通知してきた。
三、しかし、右買収、並びに売渡処分の取消は、次に述べる理由により取消権の行使に存する制限を逸脱した違法の処分であるから、その取消を求める。
(一)、被告のいう所有者を誤つて買収令書を交付した経緯は次のとおりである。
右買収当時別紙目録記載の農地の所有者は補助参加人らであつたが、補助参加人らはいずれも訴外亡朝田豊之助(昭和十六年一月三十日死亡)の子、また亡朝田種太郎(昭和十九年十月死亡)は右豊之助の兄で、同訴外人らはいずれも同居していた。そして右農地の買収計画は昭和二十二年十月七日兵庫県良元町農地委員会で審議のうえ可決されたが、その際右農地の所有者を補助参加人らとして審議したにも拘らず、種太郎名義の農地十数筆も同時に審議されそれらとともに記載されていたために、事務担当者において買収計画書並びに買収令書の作成に当り、誤つて所有者を種太郎とし、ただ備考欄に補助参加人らの名前を記入して作成された。右買収計画に対しては補助参加人らから異議の申立、訴願がなされたが、いずれも理由なしとして却下或いは棄却され、同年十二月二日付で種太郎宛右買収令書が発行され、補助参加人らにおいてこれを受領した。
(二)、以上のように、買収計画樹立に際し別紙目録記載の農地を補助参加人らの所有として審議していること、買収計画書並びに買収令書の備考欄に補助参加人らの氏名が記載されていること、買収計画当時補助参加人らから異議の申立、訴願がなされていること、買収令書の名宛人である種太郎が当時死亡していたこと等を総合すれば、右買収処分は補助参加人らに対しなされ、補助参加人らもこの買収処分が自分らに対しなされたことを知つていたことは明らかである。
したがつて、右買収処分の瑕疵は単に買収令書に記載すべき所有者の表示を誤記したという手続的形式的瑕疵に過ぎず、買収処分を無効たらしめるものではない。
(三)、また右農地は買収当時買収の法定要件を備えており、原告は正当な経過を経た売渡処分により所有者として十年間その利益を享受してきた。
およそ瑕疵ある行政行為といえども取消により人民の既得の権利、利益を侵害する場合は、取消を正当化するだけの強い公益上の必要がなくてはならず、かつ、取消権の行使は相当期間内になされなければならない。また単に手続上の瑕疵を理由として取消しても再び行政処分を繰返さなくてはならないような場合には、公益上の必要ありといえないことは明らかであつて、本件はまさしく再び買収処分をなさねばならない場合に該当する。
証拠として、甲第一号証の一、二、第二、第三号証を提出し、証人田中健之助、同朝田栄、同徳沢正次の尋問を求め、乙号各証の成立を認めた(乙第二号証については原本の存在も認める)。
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、「請求原因第一、二項は認めるが、第三項は争う。」と答え、次のように述べた。
一、別紙目録記載の農地に対する買収並びに売渡処分は無効のものである。
すなわち、右農地買収については、原告主張のように良元村農地委員会が、昭和二十二年十月七日買収計画を定めるに当り、いわゆる不在地主である補助参加人らの所有する農地であり旧自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に規定する買収すべき農地に該当することを確認して、買収すべきことを議決したが、その買収計画書を作成するに当り訴外亡朝田種太郎所有名義の他の十一筆の農地と併せて所有者を同訴外人とする書面が作成され、これに基づいて同訴外人が所有者であるとして買収計画が承認され、その結果別紙目録記載の農地を含めた十二筆の農地について、所有者を朝田種太郎とする兵庫にNo.二七二三号買収令書が同人の相続人である訴外朝田孝に交付されたものである。
このように買収計画の樹立決定には瑕疵がなくてもその後一連の手続において重大な瑕疵が存し、真の所有者である補助参加人らに対し買収処分がなされていない以上、その買収処分が有効に成立するいわれがなく、また、買収に伴う売渡処分も無効であることを免れない。
二、よつて、被告は無効宣言の意味において原告主張の買収令書並びに売渡通知書を取消した。したがつて、一旦有効に成立した行政処分をその後取消す場合と異り、その取消(無効宣言)権行使についての制限はなく、係争の取消処分に違法原因は存在しない。
(証拠省略)
理由
被告が、昭和二十二年十二月二日別紙目録記載の農地を不在地主の小作地として買収し、これを原告に対し売渡手続をしたところ、昭和三十二年十一月九日付で、右買収処分は所有者を誤つてなされたものであるから、その買収処分を取消した旨通知するとともにかつ、原告に対する売渡通知を取消す旨原告に通知したことは、当事者間に争がなく、昭和二十二年の買収当時別紙目録記載の農地の所有者が補助参加人らであつたことは、弁論の全趣旨並びに証人朝田栄の証言により明らかである。
よつて、先ず、右買収処分の瑕疵について考えてみよう。
成立に争のない甲第三号証、乙第一号証、同第二号証、証人田中健之助、同朝田りさ、同朝田栄の証言、並びに検証の結果を総合すれば、兵庫県武庫郡良元村農地委員会は、昭和二十二年頃農地買収計画を定めるに当り、別紙目録記載の農地が、補助参加人らの所有地でいわゆる不在地主の小作地として、旧自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に該当する買収すべき農地であることを確認して買収の決議をなし、買収計画書を作成のうえ同年十月十日から同月二十日迄の期間縦覧に供したが、その買収計画書には、右農地が訴外亡朝田種太郎(昭和十九年に死亡)の所有にかかるものとして同訴外人所有名義の他の十一筆の農地とともに一括して記載(ただ別紙目録記載の農地が表示されている末尾の摘要欄に補助参加人らの氏名が記入されている)されていたこと、右朝田種太郎は補助参加人らの伯父に当り、種太郎の相続人は訴外朝田孝であること、右買収計画に対し、訴外朝田孝及び補助参加人ら連名で、該当十二筆の土地が宅地であることを理由として、異議の申立、訴願がなされたが、これは同訴外人が補助参加人らの氏名を使用してしたものであること、右異議の申立及び訴願はいずれも理由なしとして却下され、買収計画が確定したので、被告は、これに基づいて昭和二十二年十二月二日付で訴外朝田種太郎宛の買収令書一通に、買収農地として同訴外人所有名義の他の農地十一筆と別紙目録記載の農地(その末尾摘要欄に補助参加人らの氏名を記載)とを一括して記載したものを作成し、これを朝田種太郎の相続人朝田孝に交付したこと、補助参加人ら自身は、その当時右訴外人と住居を異にし別世帯であつたため、別紙目録記載の農地について買収処分がなされたことは勿論、その買収計画や、これに対し異議、訴願がなされたことを全然知らなかつたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。
右認定事実に基づいて考えるに、別紙目録記載の農地買収については、その買収計画の樹立に際しては瑕疵がなかつたけれども、その後、買収計画書の作成、買収計画の確定、買収令書の作成及び交付は、いずれも訴外亡朝田種太郎名義の土地として、その相続人訴外朝田孝に対してなされたものと認めるのが相当であり、所有者を誤つて買収処分をした違法がある。
ところで、旧自作農創設特別措置法による農地買収処分が、真の所有者を無視し他の者を相手方としてなされ、真の所有者の不知の間に買収処分が行われた場合においては、この違法たるや重大であり、かつ、その買収処分の瑕疵は客観的に明白であるというべきであつて、当該処分は当然無効と解するのが相当である。
そうすると、右買収処分に伴う原告に対する別紙目録記載の農地の売渡処分もまた無効であることを免れず、被告が右買収並びに売渡処分の違法(無効であること)を認めてその取消処分をしても、それは当該行政処分がもとより無効であつたことの宣言をしたに止まるものであつて、その取消権行使について違法の問題を生ずる余地がないものである。
よつて、被告が別紙目録記載の農地についてなした買収並びに売渡の取消処分に違法があると主張する原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森本正 麻植福雄 志水義文)
(別紙目録省略)